あぁ素晴らしき、文化的アイロニー

投稿者:chica

「皮肉」という言葉がある。この言葉、とかく良くない意味で使われるのが常だ。「あの人は皮肉屋さんね」とか「皮肉も気がつかないほどだ」とか。確かに皮肉ばかり言っている人は魅力に欠ける。まるで「俺様はこんなに頭がいいのだ」と言うかのように目の前でふんぞり返る人も確かにいる。

「悪口」と「皮肉」は完全に違うもので、皮肉にはインテリジェンスが必要である。そこには「通じる人には通じる」共有の笑いがあるのだ。そんな皮肉を多くの人と共有できる笑いに昇華させることができる人ほど、真のインテリゲンチャではないかと思う。

こんな風に、いつになく感じさせたのはいうまでもなく本である。たまたま、山椒のようにピリリと刺激を受ける本が手元に2冊。1冊目は、コメディーライターの須田秦成氏とコラムニストの中丸謙一朗氏による共著できるビジネスマンのための大物講座』だ。

誰だって「あいつは小者だ」と思われるより、「大物だ!」と思われた方が良いと思うだろう。この本は、そんなあなたの気持ちにそっと寄り添う1冊である。人はどのような過程を経て大物に成っていくのだろうか。それをこの本が全編通して教えてくれる。「まずは格好から入れ!」と。。。

具体的なその「格好」の一部を目次から紹介すると

「大物は「ゆっくり」によってつくられる」

「正しい言葉遣いがメタボを防ぐ」

「阿久悠の歌詞は、大物のバイブルだ」

「大物の家のやかんはデカい」

などなど。。。大物を装うアイディアが満載だ。抱腹絶倒と言ってしまえば過言かも知れないが、その昔駄菓子屋さんでハマった「点取り占い」さながら、こみ上げるクスクスに包まれる心地よい時間を過ごすことができるだろう。

 

さて、2冊目の本は雑誌『食楽』で連載されていたなぎら健壱氏の『絶滅食堂で逢いましょう』

「絶滅」と聞くと、なんだか良くない言葉のように思われるかも知れないが、本作を読めば判る。この「絶滅食堂」のネーミングには、実に多くの愛情が詰まっているのである。そもそも「絶滅食堂」とは「いまどきの流行の店でもなければ、カリスマシェフもいない、時代に逆行したマイノリティな店。それゆえ、町の人々に深く長く愛されているのも大きな事実。空気のようにほんわかと親しまれ、なくてはならない存在であること。」と、最初に定義されている。

そのような決まり事に乗っ取ってなぎら氏が選んだ25軒の「絶滅食堂」が紹介される1冊だ。もちろん、店の必要なデータや詳細が書かれているが、なぎら氏自らが撮影した、店に溢れるノスタルジックな空気感と共に味わい深い筆致ですすめられる本文は、読者を店に誘うためのガイドブックというよりはむしろ、なぎら健壱を知るガイドブックなのであろう。

そして、すべて読み終わった時に「さあ、あなたならどんな店を紹介し、どのような1冊を作りますか?」と、なぎら氏が語りかけてくるような素敵な本である。

 

一見、ガイドブックのようでいてその実、自伝のように雄弁な1冊。

一見、手引き書のようでいてその実、風刺の効いたコメディな1冊。

「此処ではない何処か」へ行ってみたくなった時にお薦めの2冊だ。



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